1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、現在単行本54巻を数え、累計発行部数600万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、スズキナオとパリッコが選んで解説する週刊連載がスタート! 記念すべき第1回は、初めてのお店に入ること、そして電車で飲むお酒について。
「ああ 初めての店に入るときの期待と緊張。これがいいんだよな」
記念すべき第1話より。珍しく大雪の降った日、仕事を早々に切り上げた岩間宗達(いわま・そうたつ)は「いつもと違う状況になるとトタンにどっかいきたくなるんだよなー」と居酒屋に足を向ける。降りしきる雪に気分も高まり、店構えの立派さに気おくれしてこれまで行けずにいた「酒亭藤ノ木」を訪ねることに。店の前に立ち、いざ入らんとする直前のひと言がこれである。
行き慣れた店やチェーン店に飲みに行くのとは違い、入ったことのない店のドアを開けるのには勇気がいる。どんな店だろうか、カウンター席に居並ぶ常連客がジロッとこちらを睨んでくるかもしれない……しかし、その緊張の一瞬こそが、あとの酒を美味しくしてくれるのだ。まあ、この回では宗達は散々な目にあってしまうのだが。
「流れ去る都会の景色を見ながら。まずは乾杯」
酒と肴の味わいに対して並々ならぬこだわりを持つ宗達だが、一方で、酒を飲むシチュエーションそのものを愛する心を常に忘れない。このエピソードで宗達は、各駅停車の電車に乗り込み、ただただ酒を飲む。目的地があるわけでもなく、電車に乗って移動する時間自体をつまみにしようというのである。
発車と同時に缶ビールを開け、「さらば東京……」とつぶやきながら口にしたのがこの名言。旅の途中、特急電車のボックス席に座って缶ビールを飲んだりすると、たまらなく美味しく思えるものである。車窓からの風景がまるで美しい映画を見ているように感じられてくる。
とはいえ、この回での宗達の飲みっぷりは常軌を逸していて、空になったカップ酒が窓辺にどんどん並んでいくからすごい。
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次回「小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は6月14日(金)配信予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。