1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新55巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。飲み屋の座布団と接待飲みについて。
「でも飲み屋の座ブトンなんてたいていそんなもんだよなあ」
酒や肴以外にも、居酒屋やお酒を伴う場の様々な事象を取り上げるのが『酒のほそ道』。登場人物たちが披露するそれぞれのこだわりを通じて、普段は当たり前に思っていたことが急に不思議に思えてきたりして、それもこの作品を読む大きな楽しみのひとつである。
このエピソードでは、大衆酒場のお座敷席に通された宗達たちが酒を飲んでいると、参加メンバーのひとりであったかすみちゃんが浮かない顔をし始め、その原因がちょっと古びた店の座布団にあることがわかる。「とっても坐ってらんなーいっ。これって陽に乾してるわけ? カバーは洗濯してるわけ? そもそもいつから使ってるわけ?」とかすみちゃんは言い、ついには店を出て行ってしまう。ふと気になり始めるとそれで頭が一杯になってしまう気持ち、わかる気がする。
一方、宗達と同僚の海老沢はそんなことをまったく気にする様子もなく終電の時間を超えて飲み続け、「追い出されるまでここでねよう」と、座布団を布団がわりにして眠る図太さを見せるが、読者はもう知っている。そんな宗達だって、ある場面では意固地なまでに神経質になることを。繊細な眼差しと「ま、いっか」のせめぎ合いが『酒ほそ』の魅力なのだ。
「いくら呑兵衛同士だろうと リラックスできる店だろうと おでんが気取らず庶民的だろうと 接待は接待なんだよーっ!」
取引先の川崎さんと宗達がおでん屋のテーブルに向かい合って飲んでいる。宗達にとってはいわゆる“接待飲み”なのだが、「接待するされるという関係を超えて 単なる吞兵衛同士としておつきあい願えればと思ってるんですよ」と語る川崎さんの計らいで、「フグ」や「懐石」といった高級料理店ではなく、あえて庶民的な店が選ばれたらしい。
しょうゆの効いた濃い味のおでんも、そこに合わせる辛口の燗酒も美味しいし、「岩間さんの酒に対する姿勢にはなはだ感服しているんです」とまで言ってくれる川崎さんは悪い人ではなさそうだ。しかし、悲しいかな、どんな気取らない雰囲気の店であろうと、接待はどこまでも接待なのである。宗達は寒風吹く帰り道にコンビニに立ち寄り、おでんをしこたま買い込んでいる。さっきは気を遣って食べられなかったおでんダネを、自由気ままに味わう至福の晩酌タイムがこれからようやく訪れるのだろう。その結末を知ってからこのエピソードをもう一度読んでみると、宗達が細かい部分で遠慮し続けているのがわかり、なんだかちょっと不憫になってくる。さあ宗達、今夜は心ゆくまで飲んでくれ!
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は10月11日(金)公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。