小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言
第32回

今度はさっきよりもっとあったまって出るぞ〜

暮らし

1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新56巻発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。ハシゴ酒の前にお土産を買った結果。そして、すべてはうまいビールのために。

「カレーパンがないっ どっかに置いてきちゃった〜」

『酒のほそ道』32巻第16話「森下を堪能」©ラズウェル細木/日本文芸社

名酒場ひしめく東京森下の街に飲みにやってきた、宗達、斎藤、竹股。1軒目に行く前に宗達はまず、調べておいた老舗ベーカリーで名物の「元祖カレーパン」を夜食用に購入する用意周到さだ。斎藤の「どーせ途中で失くすのがオチだぞ」というセリフには読んでいるこちらも不安になるが、とにかくハシゴ酒スタート。

最終的に4軒をめぐり、ぐるぐるになった目で「森下サイコーッ」と叫ぶごきげんな3人。ところが次の瞬間に事件は発生。案の定カレーパンが紛失し、宗達は子どものように泣き出してしまうのだった。ただし、そのオチは読者の想像のさらに上をゆき、次のとおり。

「何言ってんだおめえ 3軒目から4軒目に行く途中で食ってたじゃん」「えっマジでっ!?」「だめだこりゃー」。

きっと記憶には残っていなくても、食べてたときは最高にうまかったんだろうな。

「よーし今度はさっきより もっとあったまって出るぞ〜」

『酒のほそ道』32巻第26話「魅惑の一杯」©ラズウェル細木/日本文芸社

仕事後、寒空のなかを歩いてやっと家に帰り着き、まずは風呂で体を温めようとする宗達。ところが給湯システムが壊れていたことを思い出す。そこで、風呂上がりのビールをうまさを想像して自分を奮い立たせ、銭湯に行くことに。

「やっぱり来てよかった〜」と体の芯まで温まった宗達は、ビール、餃子、ラーメンのコースを心に決めて中華屋に向かうも、運悪く臨時休業。さらにその近くのおでん屋は、早めの品切れで店じまい。しかたなく家に帰るも、体はまたもやすっかり冷えきってしまっている。

こたつで震えながら「ダメダメ できんそんなこと 1日で900円も……」と逡巡する宗達だったが、ついに決断する。なんと、もう一度銭湯へ行くことを。

すべてはうまいビールのため。「さっきよりもっとあったまって」家に帰り、宗達が飲んだ缶ビールは、きっと宗達の人生史に刻まれるうまさだったに違いない。

*       *       *

次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:スズキナオ)は2月7日みんな大好き金曜日17時公開予定。

筆者について

1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)

ラズウェル細木 × パリッコ

1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。

  1. 第1回 : ああ 初めての店に入るときの期待と緊張。これがいいんだよな。
  2. 第2回 : 刺身をとったあとの魚の頭は、実はオイシイ部分がイッパイ隠れた「宝の山」なのだな。
  3. 第3回 : オレにとってはサァ、スキヤキ作ってるときは前夜祭なの。
  4. 第4回 : 罰としてキミはそのサンマを提供しなさいっ。ボクは部下の監督不行き届きでビールを買ってくるから……。
  5. 第5回 : しょうが焼きはごはんも含めてビールのつまみ。アジフライはからしをつけて日本酒のつまみ。あーあ、ちあわちぇ~。
  6. 第6回 : とりあえず禁酒は明日からにすっか〜っ!!
  7. 第7回 : ウーム。やっぱり酒は百薬の長じゃな~。
  8. 第8回 : そりゃ2次会と言えば、チェーン居酒屋しかないでしょっ。
  9. 第9回 : 最後の雑炊が入るスペースを作るんだ
  10. 第10回 : 酒ってのはマイナスなもんをプラスに変える力があるってことだよ
  11. 第11回 : オレなら一酒、二麦酒、三焼酎だね
  12. 第12回 : これぞもっともウマい冬のビールの飲み方
  13. 第13回 : しめとはかならずしも一度とはかぎらぬものなり
  14. 第14回 : みんなうれしそうに飲んでる酒場のざわめきがいちばんかもしれないなあ
  15. 第15回 : こーゆー卓上の調味料や小物でね、店の善し悪しがある程度わかるんだよ
  16. 第16回 : 雨の休日もあたたかい春の雨ならまた一興だね
  17. 第17回 : おでんが気取らず庶民的だろうと接待は接待なんだよーっ!
  18. 第18回 : 飲みたいものを飲み食べたいものを食べる。それが人生だよ
  19. 第19回 : 酒の一滴は血の一滴
  20. 第20回 : この宇宙にホタテと自分しかいないって感じだね
  21. 第21回 : 飲むときは太るとかやせるとか忘れて思いっきり楽しまなくちゃ
  22. 第22回 : 今夜こそぜったいにフトンで寝るからなーっ!!
  23. 第23回 : 何だって人が気に入ってたメニューを断りもなく勝手に終わらすんだよーっ!!
  24. 第24回 : 心のシャッターを押してしっかり目と口に焼きつけてるからね
  25. 第25回 : どーしようもなくぬるかったらかえって諦めもつくんだけど
  26. 第26回 : 1日飲んでないといちいち感動しちゃうなあ
  27. 第27回 : こーゆーのがホントのバカンスなのかもしれないね
  28. 第28回 : かえってカラダに悪いと思うけどなあ
  29. 第29回 : 月はつまみが宇宙食しかないだろうからビールかハイボールかな
  30. 第30回 : いくらビンボーでも酒は飲まねばならぬ
  31. 第31回 : 自分にとってのいい店が他人にとってもいい店であるとはかぎらない
  32. 第32回 : 今度はさっきよりもっとあったまって出るぞ〜
連載「小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言」
  1. 第1回 : ああ 初めての店に入るときの期待と緊張。これがいいんだよな。
  2. 第2回 : 刺身をとったあとの魚の頭は、実はオイシイ部分がイッパイ隠れた「宝の山」なのだな。
  3. 第3回 : オレにとってはサァ、スキヤキ作ってるときは前夜祭なの。
  4. 第4回 : 罰としてキミはそのサンマを提供しなさいっ。ボクは部下の監督不行き届きでビールを買ってくるから……。
  5. 第5回 : しょうが焼きはごはんも含めてビールのつまみ。アジフライはからしをつけて日本酒のつまみ。あーあ、ちあわちぇ~。
  6. 第6回 : とりあえず禁酒は明日からにすっか〜っ!!
  7. 第7回 : ウーム。やっぱり酒は百薬の長じゃな~。
  8. 第8回 : そりゃ2次会と言えば、チェーン居酒屋しかないでしょっ。
  9. 第9回 : 最後の雑炊が入るスペースを作るんだ
  10. 第10回 : 酒ってのはマイナスなもんをプラスに変える力があるってことだよ
  11. 第11回 : オレなら一酒、二麦酒、三焼酎だね
  12. 第12回 : これぞもっともウマい冬のビールの飲み方
  13. 第13回 : しめとはかならずしも一度とはかぎらぬものなり
  14. 第14回 : みんなうれしそうに飲んでる酒場のざわめきがいちばんかもしれないなあ
  15. 第15回 : こーゆー卓上の調味料や小物でね、店の善し悪しがある程度わかるんだよ
  16. 第16回 : 雨の休日もあたたかい春の雨ならまた一興だね
  17. 第17回 : おでんが気取らず庶民的だろうと接待は接待なんだよーっ!
  18. 第18回 : 飲みたいものを飲み食べたいものを食べる。それが人生だよ
  19. 第19回 : 酒の一滴は血の一滴
  20. 第20回 : この宇宙にホタテと自分しかいないって感じだね
  21. 第21回 : 飲むときは太るとかやせるとか忘れて思いっきり楽しまなくちゃ
  22. 第22回 : 今夜こそぜったいにフトンで寝るからなーっ!!
  23. 第23回 : 何だって人が気に入ってたメニューを断りもなく勝手に終わらすんだよーっ!!
  24. 第24回 : 心のシャッターを押してしっかり目と口に焼きつけてるからね
  25. 第25回 : どーしようもなくぬるかったらかえって諦めもつくんだけど
  26. 第26回 : 1日飲んでないといちいち感動しちゃうなあ
  27. 第27回 : こーゆーのがホントのバカンスなのかもしれないね
  28. 第28回 : かえってカラダに悪いと思うけどなあ
  29. 第29回 : 月はつまみが宇宙食しかないだろうからビールかハイボールかな
  30. 第30回 : いくらビンボーでも酒は飲まねばならぬ
  31. 第31回 : 自分にとってのいい店が他人にとってもいい店であるとはかぎらない
  32. 第32回 : 今度はさっきよりもっとあったまって出るぞ〜
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