1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新56巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。焼き鳥の串をはずすかはずさないか。「いい店を教えてくれ」と聞かれたら。
「それはだな はずす自由もあれば はずさない自由もあるということだ」

『酒のほそ道』45巻では、前編・後編の2話にわたって、焼き鳥や焼きとんなど、串に刺さった状態で提供されるものを「はずす」か「はずさないか」という問題について考察している。
仕事帰り、宗達が同僚と焼き鳥の専門店で乾杯していると、隣のテーブルから大声が聞こえてくる。宗達と同じように仕事帰りに会社の同僚たちで飲んでいるらしきグループの、若手が気を遣って焼き鳥の串をはずそうとしたところ、先輩社員がそれを𠮟りつけているのだ。「店の人が1本ずつ串打ちしたものを外すのは失礼」「串を外してバラバラになった肉は冷めやすい」というのがその根拠らしい。
それに対し、宗達は(小声で隣席に聞こえぬよう声を抑えつつ)「串を打つのはあくまで効率よく食材を焼くためである」「串をはずしたからって特に冷めやすいということはない」といった主旨の意見を同席の仲間に述べる。そしてそのあとで、「注意しなくてはならないことがある」「それはだな はずす自由もあれば はずさない自由もあるということだ」とひと言付け加えるのだ。複数人で酒席を共にする以上、その場にいる全員の意見に配慮すべしという宗達の思想に、強くうなずきたくなるエピソードだ。
「酒場はやっぱ自分で開拓しなきゃ それが酒場めぐりのおもしろさでもあるんだし」

友人から「いい店を教えてくれ」と言われて困っているという後輩社員に対し、宗達が持論を語るこの回にも、『酒のほそ道』全体を貫く“酒場観”が凝縮されている気がする。
自分の感覚を頼りに未知の店を開拓することが「酒場めぐりのおもしろさでもあるんだし」と言う宗達。「はずれたらはずれたでそれもまたいい経験でさ」「それに人には教えたくない店もあるしな」と、“いい店”を探す経験が簡単に他人に共有できるものではないことを教えてくれる。
ちなみにその場にいる女性陣が「でもなじみのない街ではとっかかりがなさすぎて何らかの手がかりがほしくなりますよね」「横浜の中華街とか あまりにお店が多すぎるようなところは誰かにおすすめをききたくなりますわ」と反論するところもまた『酒のほそ道』の面白さで、それも確かにそうだなと思える(実際、こんなふうに書いている筆者は人からおすすめしてもらった店は必ずメモしておいて積極的に訪ねてみたいタイプだ)。
とはいえ、どの地域にどんな店があるかを簡単に検索できてしまう時代だからこそ、まったく情報を持たずに自分の勘を信じて飛び込んでみる楽しさを大事にしていきたいと思う。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」第46回(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は5月9日みんな大好き金曜日17時公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。