1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新57巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。正月休み明け一杯目のビールについて。割引き総菜を求めてスーパーをはしごすること。
「もうつらくてつらくて酒飲むことばかり考えて やっと飲めたーって感じだよ」

冒頭から3ページにわたり、宗達をはじめ、登場人物たちが一言も発さないという異例の回。なぜなら、今回描かれるのは1月5日、正月休みが明けて本格的に仕事が始まる一日なのだ。宗達と同僚たちが浮かない顔で朝から黙々と仕事をこなすシーンが続く。
それが退勤時間となると、別人のように生き生きと表情を輝かせる。一同、居酒屋に駆け込み、「ゴキュッゴキュッ」と喉を鳴らしまくって生ビールを飲む。そこからはみんな饒舌だ。「しっかし今日は長かったなあ1日が」「もー時間がたつのが遅くて遅くて」と口々につぶやく。ここに至るまでの重苦しい気分も、今こうしてみればいい酒の肴なのだ。
「カツ煮卵とじ」「ハラミステーキ」「マグロかま焼き」と、がっつりと酒の進む料理を続々と注文し、「今日はいいです 自分にごほうび」「なんたって このために頑張ったんですから」と言い合っている。新しい一年が始まったことを確かめるように同僚たちと飲む酒にはいつもとまた違ったうまさがあるのだろう。大きなコマに、店内のあちこちで楽し気に過ごす酔客たちの様子が描かれ、知らない者同士ながら、同じ空間で新年早々の特別な時間を共有している幸せが伝わってくる。
「今夜は家でサクッと飲んで寝ちまおう つまみは…そろそろスーパーの割引きタイムだな…」

仕事が長引き、居酒屋に寄っていく元気もなさそうな宗達が不憫だ。「これから飲み屋に行くのもダルいし」と、会社帰りにスーパーマーケットに立ち寄り、ささやかな晩酌のつまみを探している。
時間が遅いため、売れ残った惣菜類が割引き価格で販売されているのが目に入る。唐揚げも白身フライも2割引きになっているが、「半額がいいよなあ~」と、ここではまだ買わない宗達。別のスーパーまで足を延ばすと、半額になっている惣菜があるにはあるが、かなり選択肢が少ない。一応、「イカ天」と「さつま芋天」だけは確保した上で、最初のスーパーに再び戻る。
さあ、唐揚げは半額になっているか……いや、売り切れているではないか。「だったらさっき2割引きで買っとくんだった…」と愚痴っても仕方ない。2割引きのスパゲッティサラダとミニサーモン丼を購入。
帰宅後、缶をプシュッと開けて飲みながらそれらを味わう。半額だったり割引き価格だったりしたから買った惣菜だが、なかなかにうまいものだ。ミニサーモン丼のサーモンだけを食べたところに、めんつゆでさっと煮た「イカ天」と「さつま芋天」を乗せて天丼にしてみると、またこれがいい。ちょっとした晩酌でも、それなりに楽しい時間に変えてしまえるところが宗達のいいところだ。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は7月25日みんな大好き金曜日17時公開予定。
筆者について
1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。