『絶対内定』ではもう受からない! 今、この社会はどうなっているのか? 今、本当に求められている資質はなんなのか? 今、就職活動をどう乗り切ればいいのか? 日本を代表する社会学者にしてかつて東京都立大学(旧・首都大学東京)の就職支援委員会委員長を務めたこともある著者・宮台真司が語る、社会のこと、働くこと、就職活動、全てを串刺しにした画期的就活論。2011年に刊行され、今もなお就活生のバイブルとして読み継がれている『宮台教授の就活原論』から、一部を試し読み公開します。これから社会に出る若者と、働くことを見つめ直したい社会人のための必読書。理不尽な就活を強いるデタラメな社会を生き抜くために、就活の原理を共に学びましょう。
内定を取りまくるのは「実績」のある学生
サブプライム問題による景気低迷、更に東日本大震災が追い打ちとなり、新卒採用は再び冷え込んでいます。そういう状況であっても内定を沢山取っている学生はいます。ご存知でしょうが、全く内定を取れない学生と、10社以上内定を取りまくる学生に、二極化しています。
僕がゼミで教えている学生を見る限り、内定を取りまくるタイプには共通性があります。まず、自分にコレが向いているとかアレがやりたいなどと言わず、自分はなんでもやれますという構えであること。次に、実際自分はなんでもやってきました、と実績を示せるということ。
ひと口で言えば「実績に裏打ちされたタフネスと柔軟さ」に尽きます。企業目線に立てば当たり前。グローバル化(資本移動の自由化)を背景にして、経営環境はこれから一層流動的になり得ます。これしかできないなどとホザく適応力を欠いた人材は採ろうにも採れないのです。
もちろん「ありふれたことを特別なことだと勘違いして自信を持つ」のは痛いだけです。その意味で、学生時代を誰よりも充実して過ごすことが大切です。そうすれば「こういうイベントを成功させた」とか「××大会で入賞した」とかいった実績ができ、それで勝負できます。
その意味で、就職活動をどうすれば良いかなどと問う以前に、実は勝負が半分決まっています。だから、大学の就職支援委員会委員長としても、どうすれば良い就職ができますかという定番の問いに、「大学生活を誰よりも充実して過ごすことが一番の近道だ」と答えてきました。
未来への希望より、過去における実績。拳々服膺して下さい。理由は簡単。実積に自信を持つ人は、そうでない人に較べ、ヘタレに見えず、痛い感じがしません。レッドゾーンで活動したことがあるので、自分の限界を知っていて、可能な未来について適切に語れます。
未来について適切に語るとは、第一に「限界を知らないがゆえに、限界を超えるんじゃないかとビビるようなヘタレ」にならないことを意味します。第二に、限界を知っているがゆえに、お門違いの高望みをしない(自己実現幻想を持たない)ことを意味します。両方大切です。
もちろん実務的な側面も大切です。「コンパを手配して」とか「パーティーの企画任せた」と頼むと「どうやったらいいんでしょう?」と尋ねる学生が大勢います。学生生活で実務経験を積むことで、こういう「使えないヤツ」にならないで済む、ということも大切なのです。
実務的能力という場合、様々な手順に通暁しているだけじゃない。コミュニケーションにおいて相手が何を要求しているのかを的確に掴めるという意味で、「他者性」に貫かれていることも大切です。インターンシップで企業の担当者がこぼすのは、学生の「他者性の欠如」です。
①ビビらずに限界ぎりぎりまで挑戦でき、②限界を知るがゆえに高望みせず、③様々な社会的手順に通暁し、④コミュニケーションにおいて相手が何を求めているのかを的確に把握して動ける。これらの能力を与える「充実した大学生活」が大切です。
逆に、内定が出ないのは、①限界を試したことがないのでビビリがちだったり、②同じ理由でお門違いの自己実現欲求を抱いていたり、③どんなボタンを押すとどんな社会過程が動くのか知らなかったり、④他者の構えに鈍感な学生です。
こうした学生は、どんなに就活マニュアルに忠実に振舞えても内定が取れません。また、今述べた各ポイントでそれらしい見かけを演じて内定が取れても、就職して以降に続きません。理由は、上司や周囲からの人物評価も業績評価も低くなり、尊厳を保てないからです。
別の言い方をします。どうすれば内定を取れる学生になれるのかという問いと、どうすればモテる人間になれるのかという問いへの答えは、似ています。「ひとかどの人物」になれば良い。そうすれば、内定を何十社もとれ、異性(ヘテロの場合)にばんばんモテるでしょう。
就活マニュアルに相当するものにナンパマニュアルがある。「これさえ読めば就活OK!」などと称する就活マニュアルが今述べた意味でナンセンスなのと同じく、ナンパマニュアルもナンセンスです。僕はナンパマニュアルのビデオに出演経験があるので、よく分かるのです。
僕は授業で、なぜ日本人の男はナンパがヘタかという切り口を使います。なぜヘタか。答えは簡単。「ノーと言われたら傷つくんじゃないかと恐れるから」です。なぜ欧米人とりわけラテン系(フランス・スペイン・イタリア)が得意なのか。「そんなことを恐れないから」です。
なぜ恐れないか。社交術の伝統があるからです。伝統の勘所はどこか。相手に良く思われることでなく、「ひとかどの人物」だと思われること。「ひとかどの人物」だと思われれば、イエスかノーかは単に相手の好みに帰属する偶発性に過ぎず、結果として歩留まりが上がります。
日本のナンパ術ないしナンパマニュアルは、社交術とは違います。街頭での声かけは、正面だと警戒されるから斜め45度でアクセスしろとか、数をこなして個別のイエスかノーかでなく全体の歩留まりに注意を集中しろとか……。「ひとかど」とは無関係なものばかりです。
まずい傾向です。実りがないからです。歩留まりに注意を集中し、確率論的に有効な手法を磨くと、確かに成功するようになる。でも、それまでは予想もしなかったふたつの問題が生じます。ヘテロ男の場合「女に期待できなくなること」と「女に期待されなくなること」です。
まず前者から。確率論的な構えに習熟すると、かつてならあり得なかった無理目の女が落ちるようになります。最初は嬉しいが、やがて女を信用できなくなります。次に後者。「どの女にも同じようにやってるんだ」と思われて、セックスはできても魂をゲットできなくなります。
しかし、そもそも、ちゃんとナンパできる男になりたがるのは、(ヘテロ男の場合)女と幸せな性愛関係を築きたいから。要は幸せになりたいからです。でも、ナンパマニュアルを使って確率論的な構えに習熟することを目指しても、幸せは確実に遠ざかってしまうのです。
僕が「舎弟」の男たちに言うのは、性愛に限らず「人を幸せにできる人しか幸せになれない」という原則です。人にはいろいろいます。実は、どんな相手でも幸せにできるようになることが、「ひとかどの人物」になるということです。そこには教養も懐深さも含まれています。
むろん、人を幸せにできるようになるということは、人を不幸にできるようになるということでもあります。そのことが孕む問題もいくつかあるけれど、この段階ではスルーしましょう。ここで言いたいのは、「人を幸せにできる」ことが、先の4条件と大きく重なることです。
つまり、経験値が高いがゆえに、①限界に挑戦でき、②高望みせず、③社会的手順に通暁し、④相手の構えを瞬時に理解できれば、その分、意図して相手を幸せにできる(意図して相手を不幸にできる)でしょう。そう。僕が何を言いたいのか、もう分かったはずです。
性愛も仕事も、ある意味で同じなのです。単なる「術」「マニュアル」を通じてでなく、「ひとかどの人物になること」を通じて、周囲から一般的にリスペクトされるリソースを増やし、結果として誰が相手でもコントロールできるようになる、というふうに考えるべきです。
逆に言えば、「ひとかどでない人間」がたまたまラッキーでどこかに就職できても、仕事上の成功は結局得られません。「ひとかどでない人間」が、たまたまラッキーでイイ女やイイ男に好かれても、プライベートでの実りは得られません。その意味で小手先のことは糞なのです。
ひとかどの人物になるには「スゴイ奴」に近付け
そんなことを言うけど「ひとかどの人物」になるにはどうしたらいんだ? そう思われるかもしれない。当然です。答え。初期ギリシアの昔から推奨されてきたように、一番の近道は、「スゴイ奴」に近寄り、時間と空間を長時間共有することで、感染してしまう方法です。
近道という言い方をしました。もっと強くも言えます。「ひとかどの人物」になる方法として名指せるのは、たぶんこれだけだ、と。あとは、“いろんな経験をすれば、もしかして「ひとかどの人物」になれるかもしれない”という程度の話です。
実は「ひとかどの人物」になるという決意が大切です。決意が本気だと自動的に「スゴイ奴」を探すようになります。「スゴイ奴」を探すとは結局「人を幸せにしまくる奴を探すこと」「利他的な奴を探すこと」に行き着きます。見かけ主義から本物主義へのシフトでもあります。
大学四年生の夏まで内定が出なければきっと焦るでしょう。でも「ひっかかればラッキー」とばかりにヘタな鉄砲を数打ってあくせく就活するのは考えものです。例えば、佐藤優氏が国策捜査の冤罪で逮捕された時のように、「これは試練だ」と考えるのもひとつの手です。
これは『阿Q正伝』で有名な、魯迅の言う「精神的勝利法」の一種です。不運や不幸をベタに受け取って沈んでも仕方ない。現実が現実なのは当たり前。ならば現実を受け入れて未来を切り開くのに使ったほうが賢明です。未来の挑戦のための試練だというのはそういうことです。
「今年1年は就職浪人してもいい」と腹を括るのもいい。「士別れて3日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」と言います。3日は無理でも1年あれば「ひとかどの人物」に近づけるかもしれません。いずれにせよ「ひとかどの人物」から遠い限り、幸せになれはしないのです。
今日の労働市場を見る限り、いつまで続くか分からない新卒一括採用ゲームで勝者になれるかどうかは重要じゃない。長い目で考えて「ひとかどの人物」になるべく研鑽すればチャンスは訪れます。新卒の就職活動だけが運命の別れ道だとするのは、単なる思い込みです。
宮台真司を感染させた「スゴイ奴」列伝
「ひとかどの人物になる」には時間がかかります。例えば、親の教育を含めた成育環境が重要な役割を果たします。その意味で、「ひとかどの人物」になるための挑戦は、子供時代から始まります。この点、幼児教育や英才教育に象徴されるように、親が全く分かっていません。
子供をどうしたいのでしょう。せこくない人間。リスペクトされる人間。ひとり寂しく死なない人間。そういう人間に育てることが一番大切ではないのか。漢字を早く読めるとか、時計を早く読めるとか、どうでもいい。後で取り返せるものを早く教えても、意味がありません。
僕は3歳と0歳の娘を育てていますが、早期教育に駆り立てられる親が何を考えているのかが分かりません。自分の経験から言っても、<世界>のデプス(深み)を体験でき、それゆえに<世界>に向けてより強く動機付けられるように育つことが、一番じゃないでしょうか。
そのように思う僕は、早く時計が読めたり、文字が読めるようになることに、なにがしかの意味があるかどうかを争いたい気持ちはありません。「そんなことよりもずっと大切なことがある」ということを弁えてもらいたい。そういう気持ちのほうがずっと大きいです。
そうしたことを弁えずに「早期教育→いい学校→いい会社→いい人生」などというポンチ絵を信じ込むヘタレ親のもとで育つこと自体が、皆さんの人生にとって――むろん就活の成否にとって――極めて大きな障害になっていると感じます。皆さんは大丈夫なのでしょうか。
「ひとかどの人物」になるための教育がどんなものか。僕はたまたま麻布中学・高校で思春期を過ごしました。麻布は特殊な学校で、しかも中学高校紛争の真っ最中に入学しました。そうした学校に通うと、無理して「いい学校」に入ってもどうにもならないことを痛感します。
麻布には伝統的に「自分は勉強ができるだけではないこと」を示す競争があります。「勉強も遊びもできる奴」>「遊びしかできない奴」>「勉強しかできない奴」>「両方できない奴」という序列があります。それもあって「こいつは本当にスゴい」と思える人が大勢いました。
麻布で六年間過ごして興味深かったのは、「スゴイ奴=勉強も遊びもできる奴」を前にして、「スゴクない奴=勉強しかできない奴」の内部が、スゴイ奴になろうと研鑽するタイプと、スゴイ奴に嫉妬するタイプに、わかれたことです。僕は後者を「勉強田吾作」と呼びます。
「勉強田吾作」には、幼児英才教育を受けてきた人が目立ちました。遡って説明します。僕は共産市政・共産府政が長く続いて受験体制がなかった京都に育ちました。そして小6の9月に東京に引っ越しました。それで、10月から4カ月だけ塾に通って、麻布中学に入学しました。
入学して「できる奴だらけだな」と思った。でもそれは幻想でした。高3や浪人で今まで遊んでいた奴が本気で勉強し始めたら、瞬く間に模試のランクが入れ替わったのです。僕も浪人してから受験勉強を始め、全ての全国模試で優秀者ランクに入り、全国1位にもなりました。
特に世界史は、現役最後の全国模試の偏差値38が、浪人を始めて1カ月後に72になりました。これを自慢だと受け取らず、そういう人間にとって周囲がどんな風景に見えるかを想像してほしいのです。逆に、ごぼう抜きにされる友達の目に映る風景も想像してみて下さい。
僕にとってはこの時の経験が後々とても大きな意味を持つようになります。「遊びしかできない奴」が「勉強しかできない奴」をやすやすと抜く。抜いた後「遊びしかできない奴」がアッという間に「勉強も遊びもできる奴」に昇格する。僕自身は視界の一変を経験しました。
実は以前、高2から高3になった時、僕が学業を放棄した結果、学内実力テストの順位が20番から180番に転落した経験がありました。多くの教員が僕を見る目が変わったのは、僕にとっていい経験でした。「絆や相手の人柄は、自分が転落した時に初めて試される」と。
その経験に続き、今度は逆にごぼう抜きの経験。成績が悪かった時期、くぼんだ穴から世の中を眺めている感じでした。それをのちに「陥没した視座」と呼ぶようになります(『サブカルチャー神話解体』など)。それが、何もかもが、ただそのままに見えるようになりました。
これらの経験を通じて、人の自尊心が何に支えられているのかに敏感になりました。遊んでいた奴が勉強し始めるだけでごぼう抜きにされるような成績如きに、自尊心を結びつけている人。自分をごぼう抜きにした相手が遊びもできることに嫉妬する、勉強ばかりしてきた人。
自意識の問題は泥沼になるのでスルーして、ここでは「後から取り返せることに時間を使ってしまった子は、その機会費用の分、遊びで得られる経験をしていない」がゆえに「経験値が低いショボイ奴になりやすい」という傾きにだけ、注目しておいてほしいと思います。
幼児英才教育を受け、小さい頃から家庭教師を付けられて、進学校で成績上位者であり続けた「勉強しかできない奴」は多少なりとも、大学入試直前に「遊びしかできない奴」に抜かれた経験を持つはずです。さぞプライドが傷ついたでしょう。一部は「勉強田吾作」になります。
僕が麻布で過ごして良かったと思うのは、どんな親になれば良いか、どんな教員になれば良いか、分かったことです。親や教員は、あさましい人間でなく、「ひとかどの人物」になるべきです。あさましい人間は必ずあさましい人間を育てます。あさましい人間に将来はない。
一番良かったと思うのは、本当にスゴイ奴に出会えたこと。東大理学部から警察庁に入って警察無線のデジタル化を実行した男がいました。彼の実家はエロ本屋。夜11時までは普通の本屋なのですが、11時になると棚がどんでん返しになって店中がエロ本になってしまう。
僕が彼に出会ったのは中学2年です。誰よりもエロネタに詳しく、誰よりもカントとマルクスに詳しく、誰よりも空手が強い男でした。「文武両道」みたいなもの。中学2年にして「カントの言う純粋理性と実践理性の違いはどこにあるか?」などと滔々と説くわけですからね。
また、麻布に入った時は中学高校紛争で、3年間ほどは何かというと全校集会や学年集会。そこで、ものすごく演説のうまい先輩がいました。彼が喋り始めるとみんなしーんとなる。いつもエナメルのパンツを履いて、長髪で、少女のように見える、オシャレな先輩でした。
その先輩は、今、慈恵医大で精神神経科の診療部長をしていらっしゃる中村敬先生です。麻布の良いところは卒業後も「麻布つながり」が強いこと。僕は最近、中村敬先生と仕事をご一緒させていただく機会がありました。先生なくして今の僕はいないな、と思いました。
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この続きは『宮台教授の就活原論』本書にてお読みいただけます。
筆者について
みやだい・しんじ。社会学者。大学院大学至善館特任教授。東京都立大学教授。東京大学文学部卒(社会学専攻)。同大学院社会学研究科博士課程満期退学。大学と大学院で廣松渉・小室直樹に師事。1987年東京大学教養学部助手。1990年数理社会学の著作『権力の予期理論』で東京大学より戦後5人目の社会学博士学位取得。権力論・国家論・宗教論・性愛論・犯罪論・教育論・外交論・文化論で論壇を牽引。政治家や地域活動のアドバイザーとして社会変革を実践してきた。2001年から「マル激トーク・オン・ディマンド」のホストを務め、独自の映画批評でも知られる。社会学の主要著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎文庫)、『日本の難点』(幻冬舎新書)、『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『子育て指南書 ウンコのおじさん』『大人のための性教育』(ともに共著、ジャパンマシニスト社)、映画批評の主要著書に『正義から享楽へ』『崩壊を加速させよ』(blueprint)がある。