いざ、裁判員に選ばれた時、実際の裁判員裁判の様子が想像できないとしり込みしてしまいますよね。できればあらかじめ裁判員裁判の流れを知っておいて、心の準備をしておきたいものです。
2023年2月に発売された『図解でわかる 14歳から知る裁判員裁判』(インフォビジュアル研究所)は、民主主義と裁判の深い関係や、裁判と裁判員制度の基礎知識、裁判員裁判シミュレーションなど、いざ自分が裁判員に選ばれた時にためになる知識が満載。ここでは、その一部を抜粋し、紹介していきます。
今回は、裁判員裁判の「審理1日目」の流れを一緒にシミュレーションしてみましょう。
裁判員裁判シミュレーション1「ベアーズユニフォーム犯強盗致傷事件」審理
※本稿は裁判のあらましを簡略化したものであり、実際の裁判ではもっと多くのやりとりが交わされます。
※本シミュレーションの事件と審理の内容は、神山啓史弁護士から教示を受けた模擬裁判事件を参考に編集部が作成し、評議は創作しました。
※文中の氏名、住所、事件の内容などは架空のものです。
裁判長 それでは被告人は証言台の前に。
裁判長が被告人に、名前、生年月日、本籍地、現住所、職業を質問し、被告人がこれに答える(人定質問)
裁判長 検察官、起訴状の朗読をしてください。
検察官が起訴状を読み上げる
検察 被告人小松茂雄は、帰宅途中の堀口邦夫(当時50歳) から金品を強奪しようと考え、令和4年4月6日午後11時頃、東京都江東区木下6丁目3-4の路上において、同人の首筋に果物ナイフを突きつけ、同人の背中を蹴り、背後から暴行を加え、ズボンの後ろポケットから現金1万200円及び運転免許証等4点在中の財布を強取し、同人に全治1ヵ月の肋骨骨折、右手首の骨折等の傷害を負わせたものである。
罪名及び罰条、強盗致傷、刑法第240条前段。
裁判長は被告人に黙秘権について説明する
裁判長 検察官の公訴事実について、何か言いたいことはありますか?
被告 私はやっていません。無実です。
裁判長 弁護人はどうですか。
弁護 被告人は無実です。本件は人違いによる冤罪です。
裁判長 では、検察官は冒頭陳述を。
検察官が冒頭陳述を始める
検察 被害者は令和4年4月6日午後11時頃、東京都江東区木下6丁目3−4の路上を通行中、背後から右首筋に果物ナイフを突きつけられ、「金を出せ」と脅されました。被害者がナイフを避けようともがき、振り返ろうとすると左肩をつかまれ、動作が封じられました。
被害者が「金なんてない」と抵抗するとその背中を背後から蹴られ、うつ伏せ状態で路上に倒されました。
そして、馬乗りになった被告人から、後ろポケットに入れていた、現金1万200円、及び運転免許証や銀行カードなど4点在中の財布1個を奪われました。この被告人の暴行により被害者は、全治1ヵ月の肋骨骨折、右手首骨折等の傷害を負いました。
被害者は被告人ともみ合った折、野球帽をかぶりメガネをかけた被告人の顔を見ました。被告人と被害者は近所に住み、被害者は被告人の顔を知っていたのです。
翌日の朝、警察官が被告人の自宅を訪問した際に、居室内から、被害者の財布が発見され、犯行時に着用したベアーズのユニフォームと帽子とメガネ、そしてナイフが発見されたため逮捕されたのです。
弁護人は被告人の無実を主張する
弁護 小松さんは無罪です。この事件は小松さんのなりすましによる犯行であることを、この公判で明らかにします。
小松さんは木下で生まれ育ちました。中学も高校も地元で、町内には知り合いも多くいます。小松さんは熱狂的なベアーズファンです。普段からベアーズの帽子をかぶり、黄色のユニフォームを着て生活しています。ベアーズという北海道のチームのファンは東京では珍しいので、ベアーズのユニフォーム姿で暮らす小松さんは、地元では知られた存在でした。
事件があったとされる、6日の夜、小松さんは自宅でテレビを見ていました。そのときドアがノックされ、出てみるとドアの前に財布が落ちていました。小松さんは、この財布を拾っただけなのです。
これから始まる裁判では、被害者である堀口さんが証言をします。堀口さんは襲われたとき、犯人の顔を見たのでしょうか。公判での質問をよくお聞きください。小松さんが犯人ではないことを、皆さんもおわかりいただけると思います。
裁判長が公判前整理手続の結果について述べる
裁判長 被告人は容疑を否認しています。よって、この公判では、被害者を襲ったのは間違いなく被告人といえるかどうかという点について審理を行います。証人として被害者本人、その他の証拠として5点予定されています。
犯行現場の報告書、被告人の自宅からの発見物の報告書を読み上げる
犯行現場等に関する報告書(被害者堀口邦夫に対する強盗致傷事件)
【犯行現場の見取り図】
被害者は令和4年4月6日午後11時頃、地図①の木下駅方向から歩き、赤いマルの地点で襲われ、写真①の地点で転倒した。
【被告人の自宅からの発見物】
証拠品の財布、果物ナイフ、メガネはテーブルの上に置かれており、ベアーズのユニフォームはハンガーにかけられてあった。
証人尋問で犯人の顔を確認する
検察 被害にあったのは、事件当日の何時頃ですか。
証人 午後11時ちょうどくらいでした。
検察 被害にあった場所はどこですか。
証人 木下駅から歩いて10分くらい。家に帰るとき、いつも通っている道です。
検察 そこでまず何が起きましたか。
証人 いきなり右の首筋あたりに後ろから何かを突きつけられ、首をひねって見たら、果物ナイフでした。犯人に声を出すな、金を出せと言われました。逃れようとして、犯人に背中を向け、もみ合いました。そして背中を蹴られ、うつ伏せに倒れました。
検察 あなたを襲ったのは誰ですか。
証人 そこに座っている被告人です。
検察 なぜ被告人が犯人だとわかったのですか。
証人 顔を見たからです。後ろ向きでもみ合っているときに、首だけ犯人のほうに向けて見ました。
検察 間違いありませんか。
証人 間違いありません。
検察 顔以外に覚えていることはありますか。
証人 犯人は黄色のユニフォームを着て、野球帽をかぶっていました。あと身長は160センチの私よりずいぶん高かったので、180センチはあったかと思います。
証言に対する疑問を明らかにする
弁護 さて、先ほどあなたは、検察官の質問に、犯人の顔をはっきり見たとおっしゃいましたね。
証人 はい。
弁護 あなたは、襲われた直後、警察官にそのときの状況を聞かれましたね。
証人 はい。
弁護 あなたは、覚えていることを正確にお話ししましたね。
証人 はい。
弁護 警察官に虚偽を述べたことはありませんね。
証人 はい。
弁護 警察官があなたの話をまとめて、供述調書にまとめて書いてくれましたね。
証人 はい。
弁護 その供述調書の内容について、読み聞かせてもらいましたね。
証人 はい。
弁護 内容に間違いがないことを確認して、署名、指印しましたね。
証人 ええ、しました。
弁護 供述調書のあなたの指印部分を示します。これは、あなたの署名、指印ですね。
証人 はい、間違いありません。
弁護 この供述調書を読んでみます。「私は後ろからいきなり襲われ、前に倒されてしまったので、私を襲った人が去っていく後ろ姿しか見えませんでした」。いま、私は供述調書に書いてある通りに読みましたね。
証人 はい。
裁判2日目へつづく
※この続きは、本書『図解でわかる 14歳から知る裁判員裁判』にてお読みいただけます。
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本書では、裁判の基礎知識から裁判員裁判のシミュレーションまで、裁判員裁判に関わる情報を幅広くご紹介。人を裁くことへの向き合い方を学べる一冊となっています。『図解でわかる 14歳から知る裁判員裁判』(インフォビジュアル研究所)は全国書店・通販サイトや電子書店で発売中です。図版が多くわかりやすいと好評の書籍シリーズ「図解でわかる~」は、金融リテラシー、ごみ問題、水資源、気候変動などの環境課題、地政学、資本主義、民主主義、心のケア、LGBTQ+などなど、今だから学び直しておきたいワンテーマを1冊に凝縮して3~4カ月毎に刊行されています。
筆者について
2007年より代表の大嶋賢洋を中心に、編集、デザイン、CGスタッフにより活動を開始。ビジュアル・コンテンツを制作・出版。主な作品に『イラスト図解 イスラム世界』(日東書院本社)、『超図解 一番わかりやすいキリスト教入門』(東洋経済新報社)、「図解でわかる」シリーズ『ホモ・サピエンスの秘密』『14歳からのお金の説明書』『14歳から知っておきたいAI』『14歳からの天皇と皇室入門』『14歳から知る人類の脳科学、その現在と未来』『14歳からの地政学』『14歳からのプラスチックと環境問題』『14歳からの水と環境問題』『14歳から知る気候変動』『14歳から考える資本主義』『14歳から知る食べ物と人類の1万年史』『14歳からの脱炭素社会』『14歳からの宇宙活動計画』(いずれも太田出版)などがある。