自らカルトに入信した人が求めた「真理」と「共同体」

学び
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宗教2世(エホバの証人2世)として過酷な幼少期を経験し、現在、宗教2世のために自助グループの運営にも尽力する文学研究者の横道誠が、宗教1世(自らカルト宗教などに入信した人)と宗教2世10名にインタビュー。その証言や、幻想文学、そして自身や自身の母親の経験をもとに、「他人」としてではなく、「当事者」として、また問題に深く関心を持つ味方「共事者」として、「狂信」の内側に迫る『あなたも狂信する 宗教1世と宗教2世の世界に迫る共事者研究』が刊行された。ここでは、本書の一部を全6回にわたって公開中。第5回は、宗教1世が求める「真理」と「共同体」について。

真理と共同体

 真理への探究を求めて信仰の道に入った1世は多いものの、共同体の存在が彼らをガッチリと確保するのも事実だ。真理と共同体とが、磁力と電力のように両手を結びあわせている。なによりも共同体が重要だった人たちに対しても、真理を学べるのだという期待が信仰を補完していた。

 親しい先輩に誘われて入信した統一教会1世のはるかさんは、統一教会には「真理」があるとじぶんに言いきかせた。人間の世界は曖昧だけど、ちゃんと普遍的な真理という確かなものが実在する。入信前から三浦綾子の小説などをつうじて、キリスト教への憧れがあった。だから「神さま」というものへの違和感は湧いてこなかった。「地上天国」のために神さまは人間を創造したんだよ、人間の堕落の根本は、性的な罪だという教義は、心に響くものがあった。これこそ「真理」だと受けいれることができた。

 エホバの証人1世のグレーさんが入信したのは、『生命──どのようにして存在するようになったか 進化か、それとも創造か』という副読本に魅了されたからだった。聖書の天地創造に関する記述は科学的真理だ、という教団の主張を強弁する内容だった。いまでは「お粗末な内容」だと感じるのだが、当時は「真理」だと感じられた。しかもじぶんに接してくれる信者たちはきわめて上品で、悪い人たちのように思えなかった。教団はさまざまな禁止事項を設定しているが、「タバコを吸ってはいけない」や「婚前交渉をしてはいけない」という教えは善の側のものだとかんたんに納得できた。20世紀の終わりが迫っていて、世の中では終末論が流行していた。それを信じたわけではなくても、漠然と影響されていて、「21世紀は来ないんじゃないか」と感じられた。当時の日本人は宗教に縁がなくても、意外なほど多くの人が、そのような予感を共有していた。

私の母が求めた真理

 私の母はエホバの証人1世で、現在も熱心な信者でいる。母は高校生の頃、じぶんの父を、つまり私の祖父を亡くして、もう一度再会したいという悲しい願望を捨てられなかった。信じれば楽園で再会できるのだ、とエホバの証人の教義は伝えていたから、それを信じた。彼女にとって、死は超越されなければならないという教えが「真理」だった。そして、その真理を掲げる「共同体」に取りこまれた。

 また私の母は高学歴の人々に憧れがあり、私の「誠」という名前も彼女のかつての恩師から取られている。じぶん自身は大学に行けなかったが、じぶんの子どもたち、とくに男の子には良い大学に行かせたいという強い思いを持っていた。エホバの証人の教義では、高学歴を積むことは否定的に考えられていて、母親にはさまざまな葛藤があったと推測される。実際には低学歴とはいえ、上品な装いをして、聖書や副読本やパンフレットを携えながら「真理」を説くエホバの証人の信者たちは、母には高学歴の人々につうじる知性を感じさせたのだと想像がつく。

 母は、教団の『新世界訳聖書』や副読本が、しっかりした分厚い表紙で装丁されていることをよく称賛していた。書物の世界に憧れがあって、知的な本は上品かつ重厚に装丁されているものだという保守的な観念に、母は支配されていた。ほとんどめくることはないのに、『広辞苑』に魅了されて最新版を入手して家に置いていた。この国語辞典の第一印象は立派なのに、ジャケットが脆くてすぐに破れ、ボロボロの印象になることに不満を述べていた。私が分厚く造本された「愛蔵版」の『仮面ライダー』(石ノ森章太郎)を読んでいると、大いに嘆きの声をあげて、このような分厚い本で中身がマンガなのは書物に対する冒瀆だ、というようなことを口にした。

 私の家には経済的な余裕がなかったから、エホバの証人が多くの宗教の拝金主義を批判し、自発的に無理のない金額の募金をするだけで、それらの聖書や副読本を手に入れられる共同体だった事実は、母のこの組織への信頼を強化したはずだ。彼女にとって、この教団はまさに「真理の共同体」だった。

★刊行記念イベント開催予定★

本書『あなたも狂信する 宗教1世と宗教2世の世界に迫る共事者研究』の刊行を記念して、著者の横道誠さんと東京大学名誉教授で宗教学者の島薗進さんとトークショー+読書会の開催が決定!

「内側からの理解」という共通の価値観をを持つふたりが、一見、不合理にも思える「狂信」に自ら飛び込んだ信者などを「理解」するとはどういうことなのか、他者理解、共存とはどういうことなのか、語り合います。

前半はトークショー、後半は読書会で読者のみなさんからのご意見やご感想も横道さん、島薗さんと共有し、ディスカッションを進めます。トークショーのみの参加も可能です。読書会は必ずしも顔出しなどは必須ではありません。

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筆者について

よこみち・まこと 京都府立大学文学部准教授。1979年生まれ。大阪市出身。文学博士(京都大学)。専門は文学・当事者研究。単著に『みんな水の中──「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)、『唯が行く!──当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)、『イスタンブールで青に溺れる──発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)、『発達界隈通信──ぼくたちは障害と脳の多様性を生きてます』(教育評論社)、『ある大学教員の日常と非日常――障害者モード、コロナ禍、ウクライナ侵攻』(晶文社)、『ひとつにならない──発達障害者がセックスについて語ること』(イースト・プレス)、『あなたも狂信する――宗教1世と宗教2世の世界に迫る共事者研究』(太田出版)が、編著に『みんなの宗教2世問題』(晶文社)、『信仰から解放されない子どもたち――#宗教2世に信教の自由を』(明石書店)がある。

  1. 「狂信」の主観に迫る「共事者研究」に向けて
  2. 銃撃事件を経て、「共事者」として「当事者」と関わるということ
  3. 自己啓発と宗教の危うい共通点――「真理」を求める心をどうして軽んじられるだろうか?
  4. 創価学会や親鸞会で考えた「人生の意味」
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  6. 「狂信」した信者が語る「神に滅ぼされる恐怖」
『あなたも狂信する』試し読み記事
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