酒場ライター・パリッコさん、初の「育児と酒」がテーマのエッセイ連載。子供の食に関する、短期的な親の気苦労が、「ブーム」と「気分」問題。たとえばある日出して気に入った瞬間から、空前の「ほぐし鮭ブーム」が到来する。「気分」はもっとスパンが短い――。子供の食事と向き合いながらどう飲むか。
娘の食事情
第1回で触れるのをすっかり忘れてしまっていたけど、多くの方の目に触れる可能性のあるこの場所で、娘の本名を公開することは避けたい。そこでこの連載では、娘のことは「ぼこちゃん」と仮称することにする(別に実際そう呼んでいるわけではない)。たいして深くもないその由来は、そのうち気が向いたら書かせてもらうかもしれない。
ところで娘は、食に対してはかなり保守的なほうだ。
子供が好きそうなものならなんでも食欲むき出しで食べるようなタイプとは正反対で、基本、知っているものしか食べない。その“知っているもの”の範囲をなんとか拡張しようと日々試行錯誤している状態が、離乳食を卒業してから4歳の現在にいたるまで、ずっと続いている。しかも、がつがつしていない。作ってやった小さなおにぎりの最後のひと口を「もうおなかいっぱい」と言って残したりする。これには、意地汚い僕の遺伝子が受け継がれているはずなのに!? と、たびたび驚かされる。
そんなあれこれについて、一時は「健やかな成長のために良くないんじゃないか」と、夫婦でものすごく心配に思っていた。が、ある時、すでに子供もだいぶ大きくなった女性の友達が、「大丈夫大丈夫! うちの子なんてほぼ、『カプリコ』と『とんがりコーン』で育てたから!」と大笑いしながら言ってくれて、なんだかすごく楽になった。もちろん引き続き、娘の食べられる、なるべく栄養のある食材の範囲拡張には努めつつも、「とりあえず食べてくれるもんを食べてくれれば御の字」と思えるようになった。
食べるもの、食べないもの
主食は、まずパンは大好き。バタートースト、スティックパン、クロワッサン、甘い系のチョコパンやクリームパンやパンケーキなんかは喜んで食べる。ただし惣菜パンの類は、未知の具材に警戒して食べない。
米も普通に食べてくれ、とりあえずそれがありがたい。特におにぎり(娘はなぜか「にぎ」と呼ぶ)が食べやすいようで、よくリクエストされる。とはいえ「塩むすび」か、ふりかけの「ゆかり」をまぶしたのかの2択なんだけど。他によく食べてくれる、オムライス、玉子チャーハン、「アンパンマンカレー」には、細かく刻んだ野菜を密かに入れ、気づかれたり気づかれなかったりしている。
麺類は、パスタは食べる。ただしこれも「アンパンマンミートソース」まぶしオンリー。うどんは気分次第。そばはまだ。あと、シールつきの子供用インスタント麺みたいなのは好きで、マグカップサイズのが3つ入った「アンパンマンラーメン」と「アンパンマンうどん」を常備している。アンパンマンに助けられているのは、カバおくんやウサこちゃんだけじゃないのだ。
肉類は、基本的に鶏オンリー。豚や牛は食べたがらない。子供なら大好きそうなハンバーグも、いわゆる茶色いデミグラス系のソースがかかったようなのには興味がなく、「しろいはんばーぐがいい」んだそう。白いハンバーグとは、鶏ひき肉に卵、片栗粉、パン粉、玉ねぎ、ほんのりめんつゆなどを目分量で加えて練り、小型に成型してシンプルに焼いた我が家の定番メニュー。ハンバーグというかほぼ「つくね」なので、多めに作って自分の酒のつまみにもする。他にも、からあげ、鶏天、鶏そぼろなど、シンプルめな鶏肉料理ならたいてい食べてくれる。あと最近、ハムは好きになったようで、ペラペラのを星形に切り抜いてやると、嬉しそうにぱくぱく食べている。
魚は全般的に好きで、これがいちばんありがたいかもしれない。「ぴんくのおさかな」こと鮭は、焼、ムニエル、フライ、ほぐし、なんでもござれ。次点がブリで、これが2トップ。他にも、アジ、サバ、タラ、カジキなど、たいてい食べてくれるし、コロナ前に行った旅行の夕食バイキングで「鮎の塩焼き」を、珍しくがっついて2尾も食べたのには驚いた。
そういえば以前、娘が「ぼこちゃん、また“いなご”がたべたい」と言ってきて驚いたことがある。いなごなんて家で出したことないし、つーか絶対の絶対に嫌いそうじゃん! まさか保育園の給食で……? と、しばらく困惑。よくよく聞いてみると、近年はめっきり頻度が減ってしまったけど、一度、贅沢なことにうなぎを食べさせてやったことがあり(もちろんほんの少し分けてやっただけだけど)、それが気に入ったという話だった。うなぎ、生態系的にも家計の事情的にも頻繁には無理だけど、何かの節目にはあらためてちゃんと食べさせてやりたいな。
それから、娘のおかずの不動のセンターといえば「卵」。というか、基本的にほぼ毎日、朝はパンかおにぎりと玉子焼きだ。玉子焼きには要望により、パンダ、猫、熊、犬などの顔をケチャップで描くことが多く、最近の定番は「にこにこしててほっぺがぽっとしてるこ」。いわゆるスマイルマークを描いてほっぺたのところにもちょんちょんとケチャップをつけ、頭に王冠のピックを刺すのが基本形。
野菜は全般食べたがらないが、甘い系のさつまいも、かぼちゃからスタートし、にんじん、大根と、少しずつ食べられるものが増えてきた。これは、親に代わってさまざまな料理を出してくれる保育園のおかげも大きいと、とても感謝している。
最後に信じられないのが果物で、なんと一切食べたがらない。あんなに味も食感も食べやすそうなバナナを筆頭に、みかんもりんごもぶどうも桃もな〜んにも食べない。ケーキのいちごも、ていねいにすべて取り除いて食べている。子供って果物さえあれば上機嫌なイメージがあったのに。我が娘がいったいいつになったら果物を食べるようになってくれるのかは、目下大きな関心ごとのひとつだ。
ちなみにケーキの話が出たが、甘い系のおやつは割となんにでも興味を持ち、やたらと食べたがるので、今日はあげすぎたかなぁ……と、夫婦でプチ後悔にさいなまれる夜は多い。
食べ残されたおかずが意外にも
娘の食に関する、もう少し短期的な親の気苦労が、「ブーム」と「気分」問題だ。
「ブーム」はもうその通りで、たとえばある日出して気に入った瞬間から、空前の「ほぐし鮭ブーム」が到来する。毎日毎日「しゃけごはんがいい」と、お椀によそうにしても、おにぎりにするにしても、とにかくほぐし鮭を混ぜてほしがる。が、2週間ほどすると、それがパタリと終わる。うっかり前日までの癖で「はい鮭おにぎり」と出したら頑として食べず、「しろいにぎがいい……」と言われたりする。
「気分」はもっとスパンが短い。
平日の朝、「朝はチャーハンでいい?」「うん(Eテレをぼーっと眺めながら)」なんて会話があり、作ってやる。すると食卓でそれを目にした娘が「きょうはおむらいすがよかった!」などと言ってくるわけだ。ここで断固、「さっき『うん』って言ったでしょ? これを食べないなら今朝はごはんなし!」とでも言えればいいのかもしれないけど、僕も妻も娘には甘い。それに、時間までには保育園に連れて行かなきゃいけないし、朝はなにかと忙しいのだ。「わかったわかった。じゃあ絶対に食べてよ?」なんつって、オムライスを作ってやる。これならまだいいほうで、おにぎりだけでお腹いっぱいになってしまったと、自らリクエストした玉子焼きを丸々残すなんてことも珍しくない。
この、子供用の皿に残された小さな料理は、一応ラップをかけて冷蔵庫にしまわれることになる。で、夕方に仕事が落ち着いてひとり、「軽く一杯飲むか」なんてとき、そういえば、と取り出してきて食べるそれが、実は意外とちょうどいいつまみだったりするのだ。
冷えてしぼみ、かちかちになった玉子焼きの、どこかわびしい美味しさ。ふだん自分ではかけることのないケチャップ味のアクセントも、なんだか懐かしくていい。
鮭おにぎりやチャーハンなんて、できたてよりも冷めているほうが酒に合うくらいだ。駅弁の冷めたごはんが良いつまみになるあの感覚。逆にアンパンマンカレーは、ちょっとカレー粉を足してフライパンで炒めなおし、ドライカレー風にしてやるとビールがすすむ。
ハート形のパスタをゆでてアンパンマンミートソースをまぶしてやったら、「りぼんのぱすたがたべたいっていった!」と怒られ、丸々残ったもの(これは僕のうっかりによる単純なミスで、思えば確かにそう言っていた)。こんなのは小粋なタパスそのもので、粉チーズとタバスコを軽くふり、赤ワインと合わせた。
なかでも僕がいちばん好きなのが、例のアンパンマンラーメン&うどん。一度、作ってやったもののほぼ手をつけなかったそれを「どんなもんか?」と食べてみたら、シンプルな味ながら、だしも塩気もちゃんと効いていて、意外なほどに美味しかった。
また、僕はのびきってしまった麺類が嫌いじゃない。冷蔵庫で冷えてグズグズになった「のびアンパンマンうどん」など、和食の冷製前菜と考えると晩酌のスタートにちょうどいい。さらにひと手間加えるならば、そこに卵を落としてざっくりと混ぜ、ラップをかけて固まるまでレンジでチン。関西に、茶碗蒸しにうどんの入った料理「小田巻蒸し」という料理があるが、もはやそれだ。
というわけで、アンパンマンラーメン&うどんに限っては、娘が残したときに心のなかで「ラッキー」と思っていることをここに白状しておく。
【お知らせ】
当連載を収録した書籍『缶チューハイとベビーカー』が待望の書籍化! 全国書店やAmazonなどの通販サイトで、2024年6月26日より発売いたします。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。