「将来、娘さんとお酒を飲めるのが楽しみですね」なんて言われるたびに感じる違和感。娘と酒を飲むことは、はたして幸せなんだろうか? 酒なんていう体に悪いもの、飲まないで済むならばそれに越したことはないのではないか。まだずいぶん先のことだけれど、そんなことを考えてみた。
完全に夜逃げの図
毎年この季節になると、ふと思い出しては笑ってしまうエピソードがある。
あれは2018年のことだから、娘がまだ1歳だったころ。当時住んでいたマンションと同じ町内の、歩いても数分の距離のマンションに引っ越しをすることになった。その賃貸期間が1週間だけかぶっていて、以前のマンションで暮らしつつ、新しい家にも出入りができるというとき。夜、家で寝ていたら、突然エアコンが妙な音をたて、壊れてしまった。当時の家にはエアコンが1台しかなく、居間から寝室にかけての空調をその1台でカバーしていた。ひどい熱帯夜で、室内が暑くなるにつれ、娘ははぁはぁと息を荒げ、汗をかき、ついに眠れなくなってしまった。そこで夫婦で話しあった結果、急遽、一時的に新しい家に避難しようということになった。そちらの家には部屋ごとにエアコンがあり、電気もすでに通っている。そこで、大急ぎでアウトドア用のカートに、最低限の寝具やおむつ類、取り急ぎ食料などを詰め、妻が抱っこ紐で娘を抱え、一家3人、新しいマンションへとぼとぼと歩いてゆく。時刻は深夜2時。はたから見たら、完全に夜逃げの図だ。あんなにも絵に描いたような夜逃げはなかなかないだろうというくらいの。結果、数日後に引っ越す予定のなにもない部屋で親子3人、朝までなんとか涼しく寝られたんだけど、今思うとあの必死さ、当人たちはものすごく切羽詰まっていた感じが、なんだか微笑ましい。
娘と男親の関係性
そのときに乳飲み子だった娘も、ずいぶんとお姉さんになってしまった。口はすっかり達者だし、手足のひょろ長さなど、朝夕の着替えのタイミングでふと見ると驚いてしまうくらいだ。
ところで、僕と同じく女の子の子育て経験のある飲み友達の友人知人には、大きくふたつの流派があるようだ。ひとつは、「将来、彼氏なんかを連れてこようものなら、それがどんな男であろうと絶対に許さない!」というタイプ。もうひとつは、「子供なんてさっさと成長して、結婚して家を出て自立してほしい。そしたら自分の好きなことができるし」というタイプ。ふたつに分類してしまうのは極端すぎるけど、娘を持つ男親というのは、そのどちらかのスタンスに寄ることが多いようだ。
で、自分はどうだろう? と考えると、これが“中立”としか言えない。そりゃあ将来娘が、酔っぱらって呂律も回っていないような状態の男を「この人と結婚したいんです!」と連れてきたら、怒りもするだろう。けれども、そんなよっぽどのことでもない限り、娘の好きに生きてもらうのがいちばんだ。そもそも、僕自信が世の中の一般的な人間のなかで、だいぶいいかげんな部類にいる自覚があるので。
親と子と酒
僕はこのような仕事をしていて、さらに子育てに関するエッセイなどを書きはじめてしまったため、最近よく人に言われることがある。
「将来、娘さんとお酒を飲めるのが楽しみですね」
そのたび、なんとも言えない違和感を感じてしまう。娘と酒を飲むことは、はたして幸せなんだろうか? そもそも、酒というのは嗜好品。さらに、体質によって合う合わないがある。僕の両親も、僕も妻も酒が好きだから、娘だって体質的には酒を受けつけないという可能性は低いのかもしれない。けれども、たとえば娘が下戸だったとして、それでがっかりするということはない。むしろ、酒なんていう体に悪いもの、飲まないで済むならばそれに越したことはないとすら思う。
とにかく、娘にはすべての選択肢において、好きなように選んで人生を歩んでいってもらいたい。僕の子供だから、遺伝的にものすごく運動神経がいいということもないのかもしれないけれど、望むならば体操選手としてオリンピックで金メダルをとることを目標にしてもらったっていい。文学、アート、音楽、どんな分野に興味を持ったっていいし、持たなくたっていい。ただ、人としての道を踏み外さず、自分の尺度で幸せだと感じられるうような人生を歩んでくれたらと思う。
そんななかで、もしも酒が好きになり、一緒に乾杯でもできたら、確かに幸せなのかもしれない。けどな〜、あんまり実感が湧かないな。そりゃそうか。娘はまだ6歳。今はひたすらにポケモンに夢中な日々を送っているんだもんな。
僕の父はわりと早くに亡くなってしまったので、サシで酒を飲むという経験をしたことがない。その後、母とは何度か飲みに行き、それはそれでいいものだという感覚も味わった。しかし、う〜ん、親と子と酒。こんなにも付き合いかたのよくわからない事象も、僕にとってなかなかない。
まぁ、娘が法律的に酒が飲めるようになるのがあと14年後。そのときが来るのを楽しみしにしていればいいか。で、そのときの自分は、今が44歳だから……あまり深く考えるのはやめておこう。
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パリッコ『缶チューハイとベビーカー』次回第36回は、2023年7月21日(金)17時配信予定です。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。