これまで自分が書いてきた「なんでそこまでして酒飲みたいの?」という原稿と違い、「育児と酒」の悩みって、あるあるだったのか! 今回は、ほとんどの人にとって共感を呼ばないであろう内容を。保育園のママ友、パパ友に「酒場ライター」の仕事がバレたとき――。
本当にあったこわい話
育児がテーマの原稿を書きはじめてみてもう4回目になるが、読んでくださる方の感想で多いのが「ものすごくよくわかる!」というもの。
僕が今までに書いてきた原稿は、一部の好事家意外、「なんでそこまでして酒飲みたいの?」という反応がほとんどだった。ゆえに今回のことをすごく新鮮に感じる。そうか、「育児と酒」の悩みって、あるあるだったのか! そこで今回はあえて、ほとんどの人にとって共感を呼ばないであろう内容について書いてみることにする。
僕はフリーランスのライターで、しかも酒や酒場を専門ジャンルにしており、かといって、ものすごくお酒の銘柄やお店に詳しいわけでもないという、こうして書き出してみると、なんで仕事として成り立っているのかわからず情けなくなってくるほどにニッチな存在の人間だ。
また、WEB、雑誌、TVなどで素顔をさらす機会も多く、しかも「パリッコ」などという異常なペンネームで活動している。間違っても自分が有名人であるなどと錯覚はしていないけど、たとえば人気の飲食店のことを検索していて僕の記事に行き当たり、「へ〜、こういうやつがいるんだ」と認識される機会は、もちろんあるだろう。もしもそれが、娘を通わせている保育園の保育士さんや、送り迎えでよく顔を合わせるクラスメイトのお父さんお母さんだったら?
そんなおそろしい話が、実際にあるんです。
なぜか印象を薄めようと
保育士のWさんはかなりの酒好きで、そういう雑誌やWEB記事を読んだりするのも好きらしく、いちばん最初に僕の顔と仕事がバレた。
ある日妻が保育園に娘のお迎えに行くと、「ぼこちゃんパパって、もしかして、パリッコさんですか……?」と聞かれたそうだ。Wさんは同じく保育士のFさんと仲良しで、コロナ前はよく、休みの日に一緒に飲み歩いたりもしていたらしい。なので、そのふたりにはもはや公認。以前地元の「東京おかっぱちゃんハウス」というイベントスペースで開催されたお祭りに、僕が「居酒屋パリッコ」というブースを出しておでん屋さんをやった時など、わざわざ遊びに来てくれたほどだ。
そこから繋がって園長先生にもバレていることは確認済みだが、その他どこまで周知されているかはわからないまま、何食わぬ顔で送り迎えに行っている。
クラスメイトのRくんのお父さんと、ある日のお迎え時に一緒になり、「ぼこちゃんパパって、ライターさんをやられてるんですか?」と聞かれて心拍数が上がったこともある。どうやら、雑誌か何かで僕のことを見かけたらしい。隠してもしかたないので、「はは、そうなんですよ。Rくんパパはお酒、お好きだったりします?」と聞いてみたら「いえ、うちは夫婦ともダメなんです」との返事で、にこやかに挨拶だけしてそそくさと帰宅した。
地元のとある商店で揚げたてのアジフライが食べられるイベントがあり、ご近所の友達や知人たちと待ち合わせ、娘も連れて遊びに行ったことがある。そこに偶然、娘のクラスメイトで仲良し3人組のひとり、Yちゃんとそのお母さんが来ていた。自然とみんなで雑談をしていて、そこにいた地元のお店「ムームーサンドウィッチワークス」の店主、綾子さんが、Yちゃんお母さんに何気なく言った。
「パリッコさんにはすっごくお世話になってるんですよ。この間もお店の取材をしてもらって〜」
するとYちゃんママ。
「え、パ、パリッコさん?」
ふだんは「ぼこちゃんパパ」で通っている人物が、人から突然、そんな珍妙な名前で呼ばれていたら誰だってうろたえるだろう。
僕はとっさに、「あ、え〜と、自分、仕事でライターをしていて、それでこの前、こちらのお店の取材をさせてもらって、あの、こちらのサンドイッチ、ものすごく美味しくて……」と、なぜか「パリッコ」の印象を薄めようと、矢継ぎ早に情報をまくしたててしまった。Yちゃんママは「へ〜、そうなんですね!」と、サンドイッチの情報に興味を持ってくれたが、パリッコという名前を忘れてくれたかどうかは、今もってわからない。
酒場の前でばったり
いちばん気まずかったのは、娘とは入園からずっと一緒のNちゃんのお母さんとのエピソードだ。Nちゃんのお母さんはものすごく気さくな人がらで、会えば普通に世間話をしたりする間柄だった。
ところがあれは数ヶ月前の平日のこと。僕はひとり、夕方から地元の酒場で飲んでいた。少し前に取材に協力してもらったお礼を兼ねての訪問で、挨拶がてらに軽く一杯。こんな仕事をしていると、そういうことはよくある。
オープンの16時に合わせて店へ行き、30分ほど滞在して、「ごちそうさまでした〜」なんて言いながらへらへらと店を出ると、ちょうど目の前に、買いもの帰りらしきNちゃんママが。確かにばっちり目があった。のはずだけど、「私、何も見てませんから!」と言わんばかりの表情で、そのまま通り過ぎて行ってしまった。
そりゃあそうだ。まだ日も高い時間に、クラスメイトのお父さんが赤ちょうちんからふらりと出てくる。自分の夫君に置き換えたら大変なことだ。「仕事は!?」って。だからといって、追いかけてって「実は自分、これこれこういう仕事をしていて……!」なんて弁明するのも逆効果だろう。
以来、会えば以前と変わらずにこやかに接してくれるNちゃんママだが、僕が勝手にその目の奥が笑っていないような印象を持ってしまうのは、もはやしかたないことだろう。
さらなる心配もある。
数年前にスズキナオさんとはじめた、アウトドア用の椅子だけを持って公園などに行き、ひとときぼーっと過ごすだけのアクティビティこと「チェアリング」。これを僕は、ふだんから普通にやっている。特に我が家は「石神井公園」という大きな公園の近くなので、仕事がひと段落したときなど、「ちょっとのんびりしてくるか」なんつって、もちろんなるべく他の人の迷惑にならない場所を選びつつだけど、池のほとりに座ってうたた寝をしたりしている。
ただ、想像してみてほしい。あと2年もして娘が小学校に上がり、だんだんとクラスメイトと一緒に遊びに出かけたりするようなる。広い公園なんて恰好の遊び場だ。そこをみんなでわいわいと歩いていると、遠目に自分の父親が椅子に座っているのを発見する。しかも、釣りをしているわけでもなく、ただ、何もせずだ。これはヤバい。
「あ! あれって、ぼこちゃんのお父さんじゃ……」
「え? ち、違う違う! 私、ちょっと用事思い出しちゃった! ごめん帰るね!」
そう言って、どう処理していいかわからない気持ちを胸に帰路につくしかないだろう。
帰宅して父に尋ねる。「昼間公園で何してたの?」。父が答える。「ははは、あれはね、お父さんがお友達と考えた、”もっとも敷居の低いアウトドアアクティビティ”こと『チェアリング』だよ。忙しすぎる現代人にとって、心と体にとっても良いものなんだよ。2020年には『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』という本も発売されて……」。はっきり言って、意味不明だ。
娘にそんな想いをさせるわけにはいかない。残念だけど、もうしばらくしたら石神井公園でのソロチェアリングは、しばらくの間、自粛せざるをえないな。
【お知らせ】
当連載を収録した書籍『缶チューハイとベビーカー』が待望の書籍化! 全国書店やAmazonなどの通販サイトで、2024年6月26日より発売いたします。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。