自宅の近所で自分がゲスト出演するトークイベントが開催されることになり、娘にとって初めて父親のトークを見る機会が訪れた。彼女は初めて体験するライブで何を感じたのか。そして、初めて舞台上に立つ父親を目にした感想は――。
少しずつ、取り戻すように
最近ようやくまた、会場に実際に観客を入れてのトークイベントにゲスト出演するような機会が増えてきた。
先日は、マスダユキさんと内田るんさんが主催のZINE『漫想新聞』第9号完成記念のイベントに呼んでいただいた。ミニライブとトークが交互に行われる内容で、「狩生健志と二重鍵」のライブ~野中モモさんが登場しての「元ジッパー世代はこれから何を着ればいいのか」がテーマのトーク〜「∴NEU譲(FROM.やまのいゆずる)」のライブ〜僕が出る「子育てと酒」がテーマのトーク、という流れ。お察しのとおり、この連載を始めたからこそ呼んでもらえたイベントだと言えよう。
その会場が偶然、僕の家からそう遠くない、大泉学園のジャズライブハウス「in“F”」だった。イベントが行われるのは日曜日の午後3時から6時まで。それを聞いた妻が「近所だし、ぼこちゃんと一緒に見に行こうかな」と言うので、ちょっとこそばゆいけれども大歓迎である由を伝えた。
娘の3、4歳という多感な時期が思いっきりコロナ禍にぶち当たり、旅行やイベントなどにまったく連れていってやれなかったのは、ものすごく心の痛いことだった。少しずつ、取り戻すようにでいいから、これからいろいろな経験をさせてやりたいものだ。
初めてのライブハウス
当日、僕は出演者なので少し早めに会場入りし、久しぶりに(ほとんどが2年以上ぶりに)会う友人知人に挨拶をする。もちろん生ビールを頼み、乾杯なんかもしてしまう。あぁ、この、以前はなんてことなかった日常の、なんと幸せなことか。
そうこうしていると、狩生健志と二重鍵のライブが始まり、そのタイミングで妻子も会場にやって来た。
普段は弾き語りが主だというシンガーソングライターの狩生健志さんと、ピアノのマスダユキさん、フルートの松村拓海さんのコラボレーション。小川の水面にキラキラと光の当たるさまを連想させるようなメロディーと、穏やかな歌声。そこに、やや控えめにピアノやフルートの音色が絡み、なんとも心地いい。かと思うと、突然狩生さんが足元のエフェクターを勢いよく踏みつけ、会場が轟音に包まれたりもする。
しばらくはその世界に没入していたが、轟音のタイミングでふと、びっくりしていないだろうかと気になって、娘のほうを見てみる。すると娘は、まだ場の雰囲気に慣れないのか、両手をがっちりと組み、ちょうどいい位置にあったカウンターテーブルに半分隠れるように、しかしながらものすごく真剣な目で、歌う狩生さんを見ているのだった。なにかしら、感じてくれるものがあっただろうか。
後半はだいぶ慣れてきたのか、曲が終わると大人のまねをして拍手をしたりもしている。僕はその様子を眺めながら、酒が入って少しふわりとしだした頭で、子供と一緒に見るライブって、なんとも独特の幸福感があるもんだな、と思っていた。
そういうことか!
最初のライブが終わり、会場が狭いこともあって、妻が一度娘を外に連れ出してくれることになった。そのあいだも僕はイベントを楽しませてもらう。野中モモさんのファッションに対する考え方は学ぶべきことが多かったし、久しぶりに見たやまのいゆずるさんの繊細で美しいライブも素晴らしかった。
そしていよいよ自分の出番。生ビールを補充し、ふらふらとステージへ向かう。聞き手はマスダさんとるんさんで、僕と同じく小さなお子さんの父親であり、家族ぐるみでおつき合いもさせてもらっている友達、片岡ハルカさんと僕がゲストだ。
トークライブにもいろいろあるけれど、僕に限っては、普段と変わらず酒を飲みながら、あとでなにを話したかも思い出せないようなことをグダグダとしゃべるだけ。毎度出番前は、「そんなにしゃべることあるかな……」などと心配になるが、フタを開ければあっという間に終わってしまう。
この日もそんな感じで楽しくおしゃべりをしていて、ふと見ると、いちばんうしろの席に妻と子供が並んで座っているのが見えた。ファミレスでバニラアイスののったパンケーキを食べさせてもらったという娘は上機嫌で、僕と目が合うと、いつものように「ぱーぱー!」と全力でこちらに存在をアピールするのではなく、なんというか、にっこりと菩薩のように微笑んで、顔の横で小さくひらひらと手を振ってくれた。まだこの場に対する緊張が残っているのだろうか。
無事イベントが終了して帰り道、妻が娘に言う。「パパ、みんなの前でお話ししてたね〜。すごかったね〜」。そうだそうだ。決して有益な情報などは提供しなかったけど、それなりに笑いくらいはとっていたはず。娘もさぞや僕のことを尊敬し直したことだろう。ところが、娘の感想はこうだった。
「ぱーぱー、なんでおうたうたわなかったの?」
……しまった。狩生健志さんのライブの印象が強すぎたか、娘はお歌こそがライブだと思ってしまったのかもしれない。
「ぼこちゃん、お歌を歌わない、おしゃべりだけのライブもあるんだよ。それも結構、やってみると難しいんだよ」
などと必死で説明をするが、娘は「え〜?」とか言いながらヘラヘラ笑うだけだった。
その夜、妻が娘を寝かしつけてくれ、静かになった居間で、僕は晩酌の名残を惜しみつつ、ちびちびとウイスキーを飲んでいた。そして、楽しかった1日のことをなんとなく頭のなかでふり返っていたら、突然にガチーン! と、ものすごく合点がいく気づきをしてしまった。
僕のトークライブ中の娘の表情としぐさ、あれ、完全に、僕が娘のお遊戯会を見ているときの表情だ! 保育園児はまだまだ自由だから、お遊戯会のステージ上といえど、客席に両親の顔を見つけたら満面の笑みで「ままー! ぱぱー!」などと手をふってしまったりする。それに全力で答えるわけにはいかないから、僕らは小さく顔の横で手をふるんだけど、今日はその立場が逆転していたというわけだ。
同時に「なんでおうたうたわなかったの?」の真意も判明する。入園当初、0歳児クラスのころのお遊戯会においては、まだ彼らはなにもできず、なにやら音楽が流れるなか、ただステージにぼーっと座ったり佇んでいたりするだけだった。ところが4、5歳ともなると、それなりのセリフや歌、踊りなどを覚え、きちんと披露できるようになる。つまりだ。僕のステージは娘にとって、「まだまだそれ以下」の「もっとがんばりましょう」な内容だったのではないかと推測される。
次になにかのイベントに出る機会には、お歌のコーナーも作ってもらうかな……。
筆者について
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』、『晩酌わくわく!アイデアレシピ』、『天国酒場』、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』、『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、『酒場っこ』、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』、『“よむ”お酒』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『酒の穴』(シカク出版)。